Inspired by Nara
立ち上る空気は、異質なもの同士の狭間から生まれる。
柔らかな曲線で満ちた自然の中に張られた注連縄の角ばった紙垂、 緑に囲まれた森のなかでひときわ際立つ朱の鳥居。
異様で、浮いていて、けれど確かに空間の質を変えてしまう。
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肌という、生のやわらかな表面に、冷たく硬い金属を纏うとき、 装身者の内面を映すような気配が立ち上がる。
存在と世界の境界で起こる作用のように。
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かつて日本にも独自の装身具文化があった。
しかし、金属精錬や加工の技術はのちに大陸からもたらされたものであり、 奈良時代以降、装身具は次第に実用的なものが主となっていった。
その代わりに、日本独自の美意識や金属文化が育まれていくが、私は改めて “身体に触れる装身具”とは何かを考えたいと思う。
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奈良という地もまた、“日本”という概念がかたちづくられる以前と以後の狭間にあり、 かつての自然信仰と、新たに渡来した仏教が交わる場所である。
土着の気配を探るように、原点を手探りでなぞるように。
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今、私が身にまとうこの鹿角の鹿、その子孫たちは、 奈良・春日の森で今も生きている。
奈良の鹿は、神と人、野生と街、過去と未来の狭間に存在する。
その角と金属を合わせ、身体にまとうとき、 私たちは、自らの内と世界の層に静かに耳をすます。